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門司区

門司区 観光スポット MOJI

汽笛が行き交うエキゾチックタウン 門司港(もじこう)

門司港の顔といえば、九州最古の駅として、また、全国でも珍しいフレンチ・ルネッサンス様式の駅舎でも名高い門司港駅。銅板葺き、腰折れのマンサード屋根の四方に屋根窓をつけ、正面中央には時計台と三角切妻、左右にはアーチ型窓をもつ小屋根を配し、大正ロマンをしのばせます。一番ホームのレールの端にある「0哩標」は、鹿児島本線の起点を示すもの。昭和47年10月17日の鉄道開業100周年を記念して建てられたものです。
この門司港駅の手前を山手に向かってのびるのが桟橋通。九州の玄関口、さらには大陸貿易の基地として繁栄したまちの歴史を刻んだ通りで、バナナのたたき売り発祥の地としても知られます。「門司」とは“門を司る”関所の意味で、地名としては古くは桓武天皇の時代、延歴15(796)年の太政官府の中に記されています。大化2(646)年には関所が設けられ、「門司関址」にその跡をとどめています。その後地理的な優位性から特別輸出港になり、一般開港に指定された明治20~30年代以降は、一躍、世界に窓を開いた貿易港として発展しました。現在では、古い歴史とエキゾチックな面影に充実した機能を併せもったまち“ニューポートもじ”をめざして整備がすすめられています。

歴史の哀歓を秘めた静かなたたずまい 和布刈(めかり)

平家滅亡をはじめ、数々の歴史を見つめてきた関門海峡。その東側、史跡や伝説に彩られた景勝の地が和布刈。
なかでも、最高時速16㎞という急潮、早瀬の瀬戸を眼下に、わずか700mで本州・下関に迫る、めかり公園からの眺めは圧巻です。総面積36㌶の広い公園内には、四季を通じて桜、ツツジ、ヤブツバキなどの花々が咲き誇り、東は周防灘、西は玄界灘を望む古城山頂からの朝焼け、夕映えの美しさも忘れがたいものがあります。

平家哀史

源平の運命を決した壇ノ浦の合戦は、寿永4(1185)年3月24日の正午に始まったと伝えられています。一の谷、屋島と敗退してきた平家一門にとっては起死回生をかけた戦い。しかし、潮の流れの反転とともに劣勢に追い込まれ、ついに平家は全滅。当時8歳の安徳天皇は「波の下にも都の候ふぞ」と慰める祖母、二位の尼に抱かれて入水しました。門司区大里戸ノ上の「柳の御所」は、安徳帝の仮の御所があったと伝えられる所、また小倉南区大字隠蓑の薬師寺では、毎年12月15日に安徳帝を偲び豊作を感謝する「しびきせ祭り」が行われます。

巌流島(船島)

関門海峡に浮かぶ小島で、今から約360年前の慶長17(1612)年、宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘した場所として有名。
巌流島を遠望する小倉北区・手向山公園には武蔵・小次郎の碑があり、毎年、決闘が行われた4月13日に近い日曜日には両剣聖を偲んで『武蔵・小次郎まつり』が催されます。

関門橋

九州と本州を結ぶハイウェイ。関門海峡をひとまたぎするこの吊り橋は全長1068m、海面からの高さ約134m、2本の橋塔の高さ約134m。5年7ヶ月をかけて昭和48年11月に完成。

ノーフォーク広場

北九州市の姉妹都市、アメリカ・バージニア州のノーフォーク市にちなんだ異国情緒あふれる広場。暮れなずむ頃のロマンティックな美しさは格別です。

和布刈神事(めかりしんじ)

旧暦元旦 午前2時~3時  和布刈神社境内旧暦の1月1日、その年初めての干潮と同時に身を清めた3人の神官が3mもの大松明に導かれて厳寒の海峡へ入り海神の依代であるワカメを刈り取って神殿に奉納し、航海安全と五穀豊穣を祈願します。李部王記によれば、新年の予祝行事として奈良時代初期にはすでに行われていた由緒ある神事です。

門司みなと祭

5月第4土・日曜日 門司区一帯昭和64年で開港100周年を迎える門司港を中心に繰り広げられる代表的な市民祭。音楽隊やミスみなと祭、シャギリ隊などによる大パレードが区内を回り、芸能大会などにも賑やかに催されます。
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