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若松区

若松区 観光スポット WAKAMATSU

緑のゆたかな街のオアシス 若松

仲哀天皇、神功皇后が洞海に入った時、光る石が引き上げられ、これを神体としてまつった神社の海浜に小松を植えました。この時、武内宿祢が詠んだ「松の一面に緑をなして、青々たる海原の溟たる。我心若し」が「若松」の名の起こりであると恵比須神社縁起は伝えています。戦前、戦後を通じて石炭とともに発展してきた街、若松。エネルギー革命によって炭車の音や船の汽笛は消えましたが、近代建築の粋を集めたものとして注目を集める久岐の浜ニュータウン計画など、21世紀をめざした新しい動きが始まっています。若松市街地の背景をなすのが標高120mの高塔山。中世には大庭隠岐守景種が築いた山城があっと伝えられています。現在は一帯が15haの広さをもつ総合公園として整えられ、園内には河童封じ地蔵、火野葦平文学碑、仏舎利塔、プール、野外音楽堂、万葉植物園、県木の森などがあり、一年を通じて楽しめるレクリエーションの場となっています。展望台に立つと、若戸大橋や洞海湾、皿倉山、響灘緑地、戸畑、さらには白島の男島、女島、蓋井島を遠望する一大パノラマが展開します。

若戸大橋

洞海湾をまたぐこの大吊り橋は全長680m、中央径間367m、桁下42m、塔の高さ80mで、昭和37年の完成。深紅の橋を見上げながらの船旅は片道3分でも郷愁をそそられます。

若松北海岸

脇田から岩屋までの10km余りの荒磯は、博多湾、唐津湾を経て遠く東松浦まで続く玄海国定公園の東の入口。遠見ヶ鼻、芥屋の大門、千畳敷などの景勝奇岩が続き美しい白砂青松がその間をつないでいます。

若松恵比須神社

主神は事代主命と大国主命で、大橋のたもとを橋に沿って200メートルの所に位置します。神社の拝殿左側に全国的にも珍しい方位石が埋め込まれてあり、江戸後期のものと推定されます。3段の台座の上に東西南北と十二支を刻んだ円形の石盤が置かれているこの石が実際に使われたかどうかは不明です。

北九州市指定史跡 昭和46.4.21 小田山古墳郡

古墳時代後期につくられた横穴式石室をもつ古墳郡です。石室はいずれも羨道、玄室からなり、両袖をもっています。以前は大小50基余りを数えましたが、周辺の宅地化によって大部分が失われ、現存するは13基となっています。副葬品として高杯、石鏃などが出土しています。

若松夏まつり

高塔山公園と商店街を会場に繰り広げられます。とくに火まつりは、標高120mの高塔山へ向け、約2000人が松明を手に登るもの。北九州の夏を彩る風物詩として知られています。(7月20・21日 五平太ばやし 7月21日夜 火まつり、河童まつり)

脇の浦のはだか祭り

300年以上も伝わる古式ゆかしい祭りです。「豊漁だよ、エンヤコーラサッサ」と歌う白のさらし腹巻姿の青年たちが、夜ふけとともに松明を持って海に入り、力石を拾い競って、豊漁と航海安全を祈ります。(1月10日 夕方から 脇の浦漁協付近 市営バス脇の浦下車)
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